石本酒造
新潟県新潟市
越乃寒梅は、日本で最も高い名声と人気を誇る銘柄の一つです。「越乃寒梅」ラベルはあらゆる日本酒ファンに親しまれ、その味わいはあたかも、酒の成分が分子レベルで整然と、しかるべきところに収まっているような端正さと言えるでしょう。
当主の石本省吾氏が、若くしてたぐい稀な酒造りの才能を発揮したのは言うまでもありません。石本氏は自らが思い描く卓越した酒造りを貫き、酒も酒米も厳しい配給制のもとにあった1946年に吟醸酒を造り世に問いました。その後も彼が理想とする、より辛口で淡麗な飲み口を目指して研鑽を重ねました。それは当時の主流だった甘みや重みが勝る日本酒と一線を画するものでした。越乃寒梅の酒造りの姿勢は次第に地域の醸造家のスタンダードとなり、やがて新潟スタイルの確立へとつながっていったのです。
1960年代、酒の流通は神戸や京都にある大手の酒造会社によって独占されており、地域の蔵元は地元以外への販路がほとんどありませんでした。変化が訪れたのは、この素晴らしい新潟の酒が東京の新聞や週刊誌に取り上げられ始めた頃からで、銀座のクラブからもちらほらと注文が舞い込むようになってゆきました。ほどなく地酒の需要が拡大するに伴って、他の蔵元も東京の市場へ参入を果たしました。そして、1970年代前半の「酒ブーム」に乗り、広く知れ渡るようになっていったのです。
多くの人は、そのネームバリューに満足感を覚え、越乃寒梅を求めます。しかしそれだけが理由だとしたら、残念と言わざるをえません。大吟醸、吟醸ともに醸造技術の粋を凝らして極限に挑み、今もなお限界をも超えた酒造りをしているのですから。この蔵元のたぐい稀な大吟醸である「超特撰」のような酒を、言葉で表すのは容易なことではありません。どんな表現を試みようとも、既存の型に当てはまることはないようです。「この精緻な酒を評することは、もはや知的な鍛錬の領域である」と、ある評論家は述べ、「味わうほどに新たな質問が湧き、答えが見つかることはない」と結んでいます。
